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最高裁判所第二小法廷 平成10年(行ツ)21号 判決

フランス共和国ルーブシエンヌ ベー・ペー・四五 ルート・ドウ・ベルサイユ 六八

上告人

ビュルエスアー

右代表者

ミシェルコロンブ

右訴訟代理人弁護士

中島和雄

同弁理士

川口義雄

船山武

伏見直哉

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 伊佐山建志

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行ケ)第三九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年五月二九日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中島和雄、同川口義雄、同船山武、同伏見直哉の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田博 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

(平成一〇年(行ツ)第二一号 上告人 ビュルエスアー)

上告代理人中島和雄、同川口義雄、同船山武、同伏見直哉の上告理由

原判決は、昭和五一年三月一〇日最高裁大法廷判例(民集三〇巻二号七九頁)に違反して審決取消訴訟における事実審理の範囲を逸脱した、判決に影響を及ぼすことの明らかな違法がある。

一 本件上告理由の前提となる判例分析

1 昭和五一年三月一〇日最高裁大法廷判決(昭和四二年(行ツ)第二八号審決取消請求事件-民集三〇巻二号七九頁)は、「審決取消訴訟においては、審判手続において審理判断されなかった公知技術との対比における無効原因は、審決を違法とし、または適法とする理由として主張することができない」、また、拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟の場合については、「右審決において判断されなかった特定の具体的な拒絶理由はこれを訴訟において主張することができない。」と判示し、右が審決取消訴訟の事実審理の範囲に関する基本判例とされている。

2 他方、右大法廷判決の適用範囲に関しては、昭和五五年一月二四日最高裁第一小法廷判決(昭和五四年(行ツ)二号-民集三四巻一号八〇頁)が、「審決取消訴訟において、審判手続で審理判断されていた刊行物記載の考案との対比における無効原因の存否を認定して審決の適否を判断するにあたり、審判の手続にあらわれていなかった資料にもとづき当業者の出願時における技術常識を認定し、これによって右考案のもつ意義を明らかにしたうえ無効原因の存否を認定しても、審判手続において審理判断されていなかった刊行物記載の考案との対比における無効原因の存否を認定して審決の適法、違法を判断したということはできない。」と判示し、前記大法廷判例の射程を明らかにしている。

すなわち、通常、発明の進歩性の有無の判断は、出願当時の技術常識を大前提とし引用例を小前提とする三段論法の結論として得られるが、前記大法廷判決の判示は小前提たる引用例に関するもので、大前提たる技術常識に関してはその射程外にあることを明確にしたものである(滝川叡一「特許訴訟手続論考」一五三頁以下)。

3 ところで、一概に技術常識といってもここでは当業者のそれをいうから、当業者でない裁判官が備えていることが期待できない技術常識については、技術常識と主張する側においていわゆる周知技術立証の必要が生ずる。前記小法廷判決は、その場合、それが大前提として機能するものであるかぎり、審決取消訴訟において随時証拠提出できるとして前記大法廷判決の射程を画したにとどまり、周知技術の立証であるかぎり、それが小前提として機能する場合にまで、随時訴訟に提出できるとしたものではない。

たとえば、審決の引用例の記載事項の認定が誤りであることが取消訴訟の審理中に判明したため、被告(特許庁)が該引用例に替えて新たに周知例を証拠提出した事案につき、東京高裁昭和六二年一月二〇日判決(取消集一八三頁)は次のように判示している。

「被告は本訴において、セラミック酸化物の成形体はその粒子が小さいほど耐摩耗性がよいことは周知である旨主張し、第四引用例のほかに、乙第一号証及び第二号証を挙示するが、本件審決は、この点については、公知例として、第四引用例にその趣旨の記載がある旨説示しており(第四引用例に右趣旨の記載があるものと認められないことは、前段認定説示のとおりである。)、この点が周知であるとしたものではないから、本訴において右事項を新たに周知事項として主張し、その立証として、右乙号各証を提出することは許されないものというべきである。」

すなわち、右東京高裁判決は、被告(特許庁)が、審判で審理の対象とならなかった周知例を進歩性判断の小前提として証拠提出した行為が、前記大法廷判決の射程範囲内とみてこれを許さなかったもので、もとより前記小法廷判決の判旨に沿う妥当な判決といえる。

4 翻って、本件上告事件における原判決は、審決における引用例の記載事項の認定を誤りとしながら、右東京高裁判決の場合とは逆に、被上告人がこれに替えて原審訴訟で新たに提出した周知技術の証拠を採用し、これを小前提として本願発明を進歩性なしと判断したもので、前記大法廷判例に明らかに違反するものである。

以下、その点を本件事案に立ち入って論ずる。

二 本願発明の要旨およびその中核的な構成

1 本願発明の要旨を、叙述の便宜上各構成毎に分節記載すれば次の通りである。

〈1〉 手動によるデータ入力のためのキーボードおよびディスプレイを備えたケースを含んでいる、計算またはデータ処理のための携帯用装置であって、

〈2〉 前記ケース内に配置された第1のマイクロプロセッサおよび第1のメモリを含んでおり、

〈3〉 第1の組の所定のデータ処理操作を遂行するために、前記キーボードおよび前記ディスプレイに結合されている第1の処理手段と、

〈4〉 前記第1の処理手段に対して開路可能に電気的に接続される着脱可能な担体にして、第2の組の所定のデータ処理操作を遂行するための第2のマイクロプロセッサおよび第2のメモリを有する第2の処理手段を具備している着脱可能な担体を、その中に受け入れるためのスロットと、

〈5〉 前記第1の処理手段と前記第2の処理手段とを接続する単一の導体上での信号の変化により、前記第1の処理手段と前記第2の処理手段との間においてシリアル・ビット形式でメッセージを双方向に伝送するための手段を備えており、

〈6〉 前記第1および第2のメモリは、双方向性の通信を実行しかつ前記第1および第2の組のデータ処理操作を実行するように前記第1および第2のマイクロプロセッサを制御するためのプログラムを格納していることを特徴とする携帯用装置

2 すなわち、本願発明は、たとえば小型ポケット計算機などとして知られている第1のデータ処理手段を含む計算またはデータ処理のための携帯装置(前記構成〈1〉ないし〈3〉)を先行技術として、これに第2のデータ処理手段を具備している着脱可能な担体を電気的に接続し(前記構成〈4〉)、両処理手段の間でメッセージを双方向に伝達させる手段(前記構成〈5〉)および、両処理手段それぞれのマイクロプロセッサを制御するためのプログラムを備える(前記構成〈6〉)ことにより、使用者の指示の下に多様な機能を実行することを可能ならしめるものである。

以上によれば、本願発明は、第1の組の所定のデータ処理操作を遂行する第1のデータ処理手段のほかに、前記構成〈4〉の着脱可能な担体が第2の組の所定のデータ処理操作を遂行する第2のデータ処理手段を有していること、以上を前提として、構成〈5〉がこの両データ処理手段の間に双方向の伝達手段を有しており、構成〈6〉が双方向性の通信を実行しかつ第1および第2の組のデータ処理操作を実行するように第1および第2のマイクロプロセッサを制御するためのプログラムを備えていることが、本願発明をして先行技術から画する基本的構成ということになる。

しかりとすれば、公知文献上に右の構成が記載ないし示唆されているか否かが本願発明の進歩性の帰趨に重大なかかわりを持たざるを得ない。

三 引用例1に記載のDSTC(着脱可能な担体に対応)が第2組の所定のデータ処理手段を遂行するための第2のデータ処理手段を有しているか否かについての審決の認定

1 審決は、引用例1(特開昭五四-九四八五五公報)には、本願発明の前記構成〈4〉に対応する構成としては、

「前記XATAのデジタル回路に対して空気結合を経て電気的に接続される着脱可能な個人データ記憶および振替カード(DSTC)にして、第2の組の所定のデータ処理操作を遂行するためのデジタル制御回路およびディジタル記憶要素を有するDSTCの電子回路を具備している着脱可能な個人データ記憶および振替カード(DSTC)を、その中に受け入れるためのスロットと」との構成が記載されていると認定し(原判決八頁六~一二行)、

前記構成〈5〉に対応する構成としては、

「前記XATRのディジタル回路と前記DSTCの電子回路とを接続する空気結合での変調無線周波数信号の変化により、前記XATRのディジタル回路と前記DSTCの電子回路との間において直列ビットで情報を双方向に伝達するための手段を備えており」との構成が記載されていると認定し(同八頁下から五~末行)、

本願発明と引用例1の対応関係につき、「本願発明の第1の処理手段は引用例1のXATRのディジタル回路に、本願発明の担体は引用例1の個人データ記憶及び振替カード(DSTC)に、本願発明の第2の処理手段は引用例1のDSTCの電子回路にそれぞれ対応する」(同九頁下から七~三行)と述べた後、

2 引用例1と本願発明の前記構成〈4〉は、「前記第1の処理手段に対して電気的に接続される着脱可能な担体にして、第2の組の所定のデータ処理操作を遂行するための第2の処理手段を具備している着脱可能な担体をその中に受け入れるためのスロットと」(同一〇頁六~九頁)の点で一致し(同一一頁初行)、

引用例1と本願発明の前記構成〈5〉は、「前記第1の処理手段と前記第2の処理手段を接続し、前記第1の処理手段と前記第2の処理手段との間においてシリアル・ビット形式でメッセージを双方向に伝送するための手段を備えており」(同一〇頁一〇~一三行)の点で一致する(同一一頁初行)とそれぞれ一致点の認定をした。

3 そして審決は、その他の一致点の認定および相違点の検討とを併せ、「したがって、本願発明は、引用例1ないし引用例3及び周知例に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。」(同一四頁二~五行)とした。

四 審決の前記認定に関して、上告人が原審で主張した審決取消事由

上告人は、原審において、審決のした引用例1と本願発明の前記構成〈4〉および〈5〉との前記一致点の認定は、引用例1のDSTCは所定のデータ処理操作を遂行するための第2の処理手段を具備していないにもかかわらず、これを具備していると誤認したものであり、右を主たる審決取消事由として、次のように述べた。

1 「本願発明においては、携帯用のケースの第1の処理手段によって第1の組のデータ処理操作が遂行され、着脱可能な担体の第2の処理手段によって第2の組のデータ処理操作が遂行される。そして、第2の組の所定のデータ処理操作は第2のマイクロプロセッサによって行われるものである。

ところが、引用例1(甲第7号証)には、第2のマイクロプロセッサについて開示されていない。引用例1には、『XATRからの指令に応答して、DSTCはXATRから受け取ったデータを記憶するか、又はDSTC内に記憶されたデータをXATRに伝達する。』(甲第七号証八頁右上欄一行ないし四行)と記載されているように、DSTC(着脱可能な個人データ記憶および振替カード)のデータ制御回路及びディジタル記憶要素は、XATR(個人携帯用ターミナル)の指令の下に、単に記憶及び記憶制御装置として機能し、XATRと一体になって第1の組の所定のディジタル処理を遂行するためのものであり、第1の組の所定のデータ処理と独立した第2の組の所定のデータ処理操作を遂行するものではない。具体的には、引用例1記載のものでは、XATRがプロセッサとして機能し、DSTCが、XATRの指令の下に記憶及び記憶制御装置として機能して、両者が一体となって第1の組のデータ処理のみが行われる。」(原判決一五頁末行~一七頁三行)

「本願発明の特許請求の範囲には、『第2の組の所定のデータ処理操作を遂行するための第2のマイクロプロセッサおよび第2のメモリを有する第2の処理手段』と記載されているから、『第2の組の所定のデータ処理操作』がマイクロプロセッサによって遂行されることは明らかである。そして、『第2の組の所定のデータ処理』という特定の用語は、一般的な用語の解釈を踏まえた上で、特許請求の範囲の文章の前後関係から文理解釈すべきであり、『第2の組の所定のデータ処理操作』は、マイクロプロセッサを必要とする、プログラムの実行等を含むデータ処理と解釈される。また、本願発明においては、ケース内の第1のマイクロプロセッサと着脱可能な担体の第2のマイクロプロセッサとが、双方向性の通信を介して、協働しながら第1及び第2の組のデータ処理操作を実行するように制御されるのであって、『第2の組の所定のデータ処理操作』は、着脱可能な担体の第2のマイクロプロセッサによって実行されるものとして、着脱可能な担体の第2のマイクロプロセッサと一体として解釈すべきものである。したがって、引用例1に記載されたディジタル制御回路によって、一般的な用語としての『データ処理』が可能であることを前提とする被告の上記主張は失当である。」(同一七頁八行~一八頁一一行)。

五 審決の前記一致点の認定に対する原判決の判示

上告人の右取消事由の主張に対し、原判決は、引用例1記載の発明における、ディジタル制御回路及びディジタル記憶要素は第2の組のデータ処理操作を遂行しているか否かについて、次のように判示した。

「ところで、引用例1(甲第七号証)には、『DSTCに記憶されたデータはXATRを経て中央計算装置に入力することができる。』(四頁左上欄一行ないし三行)、『XATRからの指令に応答して、DSTCはXATRから受け取ったデータを記憶するか、又はDSTC内に記憶されたデータをXATRに伝達する。』(八頁右上欄一行ないし四行)と記載されており、これら記載によれば、DSTCのディジタル制御回路及びディジタル記憶要素は、XATRの指令の下に、記憶および記憶制御装置としてXATRと一体となって機能しており、第1の組の所定のデータ処理を遂行しているものと認められる。被告は、引用例1記載の発明において、データ制御回路及びディジタル記憶要素は第2の組のデータ処理操作を遂行している旨主張しているが、引用例1記載のものにおいては、第2の組のデータ処理操作が遂行されているものとは認め難い。

したがって、審決が引用例1記載のディジタル制御回路及びディジタル記憶要素について、『第2の組の所定のデータ処理操作を遂行するため』のものとした認定は誤りであり、この認定に基づいて、本願発明と引用例1記載のものとは、『第2の組の所定のデータ処理操作を遂行するための第2の処理手段を具備している』着脱可能な担体を有している点において一致しているとした認定も誤りであるというべきである。」(原判決三〇頁下から四行~三一頁末行)

「引用例1記載のデータ制御回路及びディジタル制御回路及びディジタル記憶要素は第2の組の所定のデータ処理を遂行するものとは認め難いから、審決は、相違点2の認定にあたり、この点についての相違点を看過しているということになる。」(同三二頁七~一一行)

六 原判決における審判手続で判断されなかった周知例の証拠採用と判例違反

1 しかるに原判決は、前記判示に続けて次の通り判示した。

「甲第九号証(米国特許第四一〇五一五六号明細書、一九七八年八月八日公開)及び甲第一〇号証(特開昭五四-四六四四七号公報、昭和五四年四月一二日公開)によれば、同甲各号証には、担体(カード)内のデータ処理をカード上にマイクロプロセッサを設けて行うことが記載されており、カード上にマイクロプロセッサ及びメモリを設けることは、本願の優先権主張日当時において周知であったものと認められる。そして、同甲各号証のカードはカードを読み取るための本体に装着されて始めて動作するもので、本体にはカードの処理手段(第2のCPUに相当するもの)を起動する処理手段(第1のCPUに相当するもの)が存在することが明らかである。また乙第二号証ないし乙第五号証によれば、システム全体で遂行すべきデータ処理について、第1のCPUと第2のCPUとで別個にデータ処理し、互いに双方向通信して処理することは、いわゆる分散処理として周知のことと認められる。そうすると、カードとケースから構成される引用例1記載のものと、カードとカードを読み取るための本体との組合せを基本とする甲第九号証、第一〇号証記載のものとは同様の技術であって、両者を結び付ける点に困難性はないものというべきであり、また、上記のとおり、CPU間の双方向通信は周知である。したがって、引用例1記載のものにおいて、DSTCをマイクロプロセッサを有する甲第九号証、第一〇号証に記載のカードに代えることは容易であり、それによって第2の組のデータ処理を行わせることも、当業者において容易に想到し得ることと認めるのが相当である。」(原判決三二頁下から六行~三四頁三行)

すなわち、原判決は、本願発明の「第2の組の所定のデータ処理操作を遂行するための第2のマイクロプロセッサおよび第2のメモリ」(前記構成〈4〉)の点については、審決が誤ってその点が記載されているとした引用例1に替えて、甲第九証および甲第一〇号証を引用して周知技術と認定し、双方のマイクロプロセッサ(処理手段)の間で双方向通信してデータ処理すること(前記構成〈5〉)は、乙第二ないし五号証を参照することによって周知技術と認定しているものである。

2 もっとも、原判決が、甲第九号証および甲第一〇号証により「カード上にマイクロプロセッサ及びメモリを設けること」が周知と認定する点は、審判手続においても審理判断されているから(原判決一二頁下から六~二行)、その点にかぎっては、審決取消訴訟の事実審理の範囲内といえよう。

しかしながら、本願発明は、前述のごとく、一方においてケース側にマイクロプロセッサとメモリを設けてデータ処理する電子装置を先行技術とし(本願特許公報4欄二八~三五行)、他方において担体(カード)の側にそれらを設けてデータ処理することも公知であることを前提としつつ(同6欄三三~三五頁)、ケース側と担体側の双方にそれぞれ所定の組のデータ処理操作を遂行するデータ処理手段を設けて(構成〈4〉)、両者の間に双方向の通信を実行し(構成〈5〉)、第1および第2の組のデータ処理操作を実行させることにより(構成〈6〉)、多機能を実現するものである。

すなわち、本願発明の技術的発想は、ケース側のデータ処理手段による第1の組の所定のデータ処理操作とカード側のデータ処理手段による第2の組の所定のデータ処理操作とを双方向の通信を介して実行させ、多機能を実現する点にある。

そのような技術的発想は、ケース側にのみ所定のデータ処理操作を遂行するデータ処理手段を設ける引用例1からも、担体側にのみ所定のデータ処理操作を遂行するデータ処理手段を設ける甲第九号証および甲第一〇号証からも出て来ようがないこと明らかである。また、この両者を電気的に接続して双方向の通信を行わせる動機付けもこれら証拠からは全く示唆されるところがない。

3 かりに、そのような技術的発想なり動機付けが示唆されている言えばいえなくもないかも知れない文献を原判決摘示の諸証拠中から強いて探すとなれば、それはいわゆる分散処理に関する周知例の証拠として原判決が採用した乙第二ないし五号証をおいてほかにはない。

しかし、右乙第二号証ないし乙第五号証は、いずれも審判手続において審理判断された証拠ではなく、原審において突如被上告人より提出されたものである。

しかも、原判決の事実認定において右乙各号証が果たしている機能は、審判手続で審理判断を経た刊行物である引用例1や甲第九、一〇号証記載の発明の意義を明らかにするための出願時における技術常識の認定の範囲をはるかに逸脱し、まさに原判決において第2の組のデータ処理操作が遂行されているものとは認め難いとされた引用例1の記載に替えて本願発明の進歩性否定のための独立の証拠として機能しているといわざるを得ない。

実際、乙第二号証ないし乙第五号証の開示する技術は、分散処理の一般技術を示すものであり、引用例1のケース側のデータ処理手段や甲第九、一〇号証のカード側のデータ処理手段に直接関係するものではない。したがって、乙第二号証ないし乙第五号証が、審決において引用された引用例1や甲第九、一〇号証に記載された発明の意義を明らかにするための技術常識を認定するための証拠とは到底認められない。

原判決におけるこのような周知例の証拠採用は、昭和五五年小法廷判例が前記昭和五一年大法廷判例の射程外として許容する限度を超えること明らかで、結局、原判決は、前記昭和五一年大法廷判例に違反して事実審理の範囲を逸脱した判決に影響をおよぼすことの明らかな違法があるといわなければならない。 以上

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